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2010年12月29日

YAMATO (プロレスラー)

YAMATO(やまと、男性、1981年9月10日 - )は、日本のプロレスラー。本名は小野寺 正人(おのでら まさと)。岩手県一関市出身。DRAGON GATE所属。
目次 [非表示]
1 経歴
2 得意技
3 タイトル歴
4 その他
5 出演
5.1 Web
6 関連項目
7 外部リンク
経歴 [編集]

和術慧舟會を経てDRAGON GATEに入門。小野寺大和のリングネームで2006年7月29日京都KBSホールにて対神田裕之でデビュー。デビュー直後にFinal M2Kに見習いとして加入し、オープン・ザ・トライアングル・ゲートのリーグ戦に出場する。総合格闘技を経験しており、キレのあるグランドテクニックと綺麗なブリッジを見せる。
2007年にはNEX-1 トーナメントで優勝を果たし、試合後にはアメリカへ修行に行くと宣言。その後5月7日のSITE-KOBE大会にて日本に帰国。同時にリングネームもYAMATOに変更した。鷹木信悟率いるNEW HAZARDに所属する。
日本に復帰したあとは順調だったが、2007年6月に左肩を脱臼し長期欠場を余儀なくされた。同年9月14日の後楽園大会で、B×Bハルクと共に10月12日の後楽園大会での復帰を宣言。それに合わせて9月からハルクとの海外遠征で一足早く復帰した。
2008年から、斎藤了、CIMA、さらには同門のハルクに対しても、執拗に敵意を燃やすようになる。
2月3日にオープン・ザ・ドリームゲート選手権試合に敗北したGammaと謎の握手をする。
3月7日、NEW HAZARD対マッスル・アウトローズの大江戸式カウントダウン・イリミネーションマッチ後(試合はNEW HAZARDの勝利)にDRAGON GATE復帰を表明した、谷嵜なおきに対して真っ先に異を唱え、3月20日にシングルマッチで対決するが、敗北。しかし、和解し、共闘していくことになる。
4月13日、仲間割れしていたハルクとシングルマッチで激突し、試合は神田裕之の乱入があったものの勝利。試合後、ハルクと和解し握手をする。
4月17日、共闘していた谷嵜なおきとのタッグでGamma&堀口元気と対戦するが、谷嵜を裏切りマッスル・アウトローズに加入、ハルクの髪を切り、サイバー・コングのマスクを剥ぐ暴挙に出た。そして5月14日に鷹木信悟、サイバー・コングも合流し、REAL HAZARDでの活動を開始。同日、自身初のタイトルとなるオープン・ザ・トライアングル・ゲート王座を獲得(パートナーは鷹木信悟、Gamma)。
6月6日、オープン・ザ・トライアングル・ゲート王座選手権試合にて、望月成晃、ドン・フジイ、マグニチュード岸和田組と対戦、望月から勝利を奪い初防衛。その望月とは6月12日の後楽園大会で今度はシングルマッチを行うが敗退。
6月28日、戸澤塾の新井健一郎、岩佐拓、忍組に敗れ、トライアングルゲート防衛に失敗するが、7月12日にはGamma、神田をパートナーに再びトライアングルゲートを獲得し、7月27日には、4wayマッチでの防衛に成功した。
8月にはSummer Adventure Tag Leagueでサイバーをパートナーに出場し、新井&岩佐組に敗北した以外は全勝し、リーグ戦首位で決勝トーナメントに勝ち上がったものの、準決勝でドラゴン・キッド&鷹木組に敗れる。また、この頃からフジイとの確執が始まる。
9月20日、ドン・フジイとノーピープルマッチで激突するが敗北。
10月5日、サイバー・コングをパートナーに土井成樹、吉野正人の持つオープン・ザ・ツインゲート統一タッグ王座に挑戦し、勝利。第5代王者となった。
2009年1月18日、REAL HAZARDからGammaを追放し、新たなリーダーとなった。1月23日にはかつての同僚、鷹木信悟とノーロープマッチを行い、勝利。
2009年6月、新日本プロレス主催のベスト・オブ・ザ・スーパージュニアへ参戦。獣神サンダー・ライガー(3日)、金本浩二(11日)に勝利したが、リーグ戦2勝4敗で予選で敗退。
新日本参戦前からGamma、ダークサイドハルク、フジイ、鷹木と立て続けにシングルマッチで敗れた上にREAL HAZARDの他のメンバーと誤爆を繰り返すなど不和が続き、鷹木戦後の「思い残すことはもうない」などの発言やスーパージュニア終了後も欠場を繰り返していたことから週刊誌などで退団が囁かれていたが、6月26日の関西テレビなんでもアリーナ大会に登場しREAL HAZARD脱退と鷹木との共闘=KAMIKAZE加入を表明(欠場は膝の負傷が原因)。7月19日にその鷹木と組んでオープン・ザ・ツインゲート統一タッグ王座に挑戦するも敗れた。 Summer Adventure Tag Leagueには鷹木信悟と組んで出場し優勝を果たし、前王者組にリベンジし斎藤了をギャラリアで仕留め、第8代王者組になった。
2010年4月、両国国技館での土井成樹との試合で土井の必殺技マスキュラーボムを喰らいながらも耐え凌ぎ、最後はギャラリアで勝利を納めオープン・ザ・ドリームゲート王座を奪取。自身初のシングル王座を獲得した。
得意技 [編集]

バックボーンが総合格闘技のため、DRAGON GATEでは珍しいグラウンド技が主である。
ギャラリア
リバースのブレーンバスターの状態から持ち上げての開脚式ツームストーン・パイルドライバー。TAKAみちのくのみちのくドライバーβと同型であり代表的なフィニッシュ技。
CBV(Cross Bone Vanguard)
うつぶせの相手を、サイドから片羽締めの要領で、片腕を巻き込んで締め上げるフェイスロック。TAKAみちのくのジャストフェイスロックのように、相手の体を強引にのけぞらせつつきめる。技名は機動戦士ガンダムF91に登場する敵組織の名前から。
胴締めスリーパーホールド
YAMATOの総合格闘技のスキルが反映された技。大一番で奥の手として使用され、多くの選手を立て続けにこの技で絞め落とした。
ヒダルゴ
相手を斜めにおんぶするような感じで担ぎ、そのまま旋回して放つ変形フェイスバスター。技名の由来は明らかになっていないが、アメリカのニューメキシコ州にヒダルゴという郡が存在しているため、アメリカ遠征の経験があるYAMATOが、ここから名付けたと思われる。最近は全く使用しない。
エルボー・スマッシュ
左右連続でたたみかけるパターンを好んで使用する。
垂直落下式ブレーンバスター
ジャーマン・スープレックス
デスバレーボム
タイガードライバー
スピアー
タイトル歴 [編集]

オープン・ザ・ドリームゲート王座 第11代
オープン・ザ・トライアングル・ゲート王座 第18代(パートナーは鷹木信悟、Gamma)、第20代(パートナーは神田裕之、Gamma)
オープン・ザ・ツインゲート統一タッグ王座 第5代(パートナーはサイバー・コング)、第8代(パートナーは鷹木信悟)
その他 [編集]

アメリカ修行から帰国後、デビューまで着用していた『下克上』の文字が入った青のタイツから赤色のショートタイツに変更。日焼けしてビルドアップした肉体、あごひげを蓄える等、ワイルドなイメージになっている。
調理師免許を所有しており、道場で作るちゃんこ鍋には定評がある。
鷹木信悟からは『YAMAMOTO』と呼ばれている。由来は山本五十六から。
ヒールターンするまではNEW HAZARDのメンバーの中でも一番存在感が薄く、地味な正統派のプロレスラーという感じだったが、CIMAへ喧嘩を売り出した頃から豹変が始まり、マッスル・アウトローズ加入によって、その狂気染みた試合内容や行動によって、一部では「根っからヒールだったのではないか?」との声も上がっている。常に薄笑いを浮かべ、危険な技を受けた後にすぐ立ち上がって指を「チッチッ」と振る、チョップの打ち合いになると「気持ちいい!」と叫んで挑発するなど、不気味さが増している。時には観客にも襲い掛かる場合がある。ヒールとしてのキャラを確立したが一方ではツインゲート戴冠やCIMA、鷹木から勝ち星を上げる等の実績も作り、現在のDRAGON GATEで最も勢いのある選手の一人といえる。また、REAL HAZARDのリーダーとなった後はこれらのギミックは封印しつつある。
DRAGON GATEでは珍しくシュートタイツを着用している。また、入場時には前垂れを着けているが試合中に外している。
ガンダム、AKB48が好きである。
昔ファンだった選手が他団体の選手との頂上決戦に負けた時に、ショックのあまり裸足のまま夜の町に飛び出したことがある。
実家はリズム食堂  


Posted by tokyokarasu2010 at 18:10Comments(0)

2010年12月29日

望月成晃

望月 成晃(もちづき まさあき、1970年1月17日 - )は、日本の男性プロレスラー。東京都江東区出身。足立高等学校(現:足立学園高等学校)卒業。
得意の空手技を駆使したファイトで、レスラー人生で初めて所属しているDRAGON GATEのトップレスラーとして活躍中。
目次 [非表示]
1 来歴
2 得意技
3 タイトル歴
4 入場曲
5 エピソード
6 出演
6.1 Web
7 外部リンク
来歴 [編集]

1994年1月21日、WAR・後楽園ホールでデビュー。対戦相手は後にタズとなる、ピート・タンジーロであった。この頃はまだ、岡村隆志・TARUとともに武輝道場の一員であった。その後もフリーランスとして格闘探偵団バトラーツ、みちのくプロレスなど10以上の団体で活動していた。
メキシコへ渡航せずフリーの身分のまま闘龍門参戦。しばらくは正規軍の一員として空手着で戦っていた。
団体での本格的なブレイクは2期生望月享(現:横須賀享)、神田裕之(引退、レフェリー兼本部長、2006年復帰)と結成したヒールユニット、「不完全決着推進委員会」なる組織を掲げた(会長は望月)「初代M2K」時代。後に河野圭一(元武輝道場。後チョコフレークK-ICHI)、ダークネス・ドラゴン(現K-ness.)、堀口元気が合流する。入場曲の「G.W.D」(thee michelle gun elephant)が会場に鳴り響く中、スカジャンを身にまとい、キックボードで入場、パウダー、ブルーボックスなどの凶器攻撃、乱入してバッドエンド、ノーコンテスト決着などその他反則行為などその後同団体のヒール行為を作り上げた。
EL NUMERO UNO 2001開催時には「両者リングアウト推進委員会」(略して両リン)なるものを掲げ、リーグ戦を全て黒星にするという行為にも出た(望月享だけうっかり勝ってしまいメンバー全員による両リンは失敗)。しかしEL NUMERO UNO 決勝トーナメントに敗者復活枠があり、それを勝ち抜いて決勝トーナメントに進出。決勝でも「体力回復を図る為」(本人談)両リンをきめ、再試合になったところを優勝した。表彰式では「今まで色んな団体を渡り歩いてきたけど、この団体が一番弱い」という発言を残し、CIMAとマグナムTOKYOを激昂させた。ちなみにEL NUMERO UNO 2002ではリーグ戦を普通に戦って全敗したが、やはり敗者復活枠から勝ち上がり、準優勝している。
2001年12月10日、CIMAとのカベジェラ・コントラ・カベジェラ・ランバージャックマッチにおいて、両リンを失敗し敗退。それを機に「完全決着推進」というスローガンを掲げるも、M2Kメンバーの反感を買い一匹狼になる。「負けたけど、きもちいいなあ!」などと「いい人発言」をするようになり、やがて正規軍入り。悪を蹴散らす正義のキャラクターとなるが、本人の中では常に外様意識からの疎外感があったようだ。2002年12月25日後楽園ホールでの大鷲透戦後、「この団体に正規軍はいらない」という発言を残して正規軍を解散。神田裕之の許可を取り、M2Kを再結成(通称新M2K、メンバーは新井健一郎、ドラゴン・キッド、セカンド土井、三島来夢)するも大きな成果はあげられなかった。 2003年、望月は不甲斐ない試合を続け、M2Kのメンバーに不信感を抱かせる。そしてリーダーを賭けた試合を新井健一郎と行い、敗退。「原点回帰」というキーワードを残して、M2Kを去った。原点回帰の内容は「初代M2Kの時にやり残したヒールの道を究める」というもので、「はぐれ軍団(仮)」と合流。「不甲斐ない試合を続けていたのはわざと」と暴露。「悪冠一色」というユニット名を付けヒールターンを図るが、「リーダーを作らない」というメンバーの方針に馴染めず、結局追放される。追放直後にK-ness.、新井健一郎らに頭を下げてベビーターン。「ファイナルM2K」のリーダーとして活動。OPEN THE DREAM GATE(ODG)二代目チャンピオンとなった。
2006年にバトラーツ参戦時にタッグを組んでいた稔のパートナーとして、武輝道場時代以来の新日本プロレス参戦が決定。それに先駆けて稔が新日本のリングで三角蹴り・ツイスターを、望月がDRAGON GATEのリングでミノルスペシャルを披露した。WAR FINALではIJ王座の防衛戦でセミ・ファイナルに登場。「これできっちり防衛してIJを封印する」と意気込み、かつての胴着で戦うもペンタゴンブラックに破れ王座陥落。試合後は胴着を脱ぎ捨て「メキシコでもどこでも追いかけていって、絶対に取り返す」と決意を語った。2006年11月23日に行われたタイトルマッチで勝利し王座を奪還、きっちりと有言を実行した。その後、WAR FINALでのタイトルマッチ前のコメント通り、IJシングルのベルトを封印。その後、マグナムTOKYO、ドン・フジイ、神田裕之とともにルネッサンスを結成。ファイナルM2Kのリーダーを横須賀享に譲り、自らを「御大」と称してファイナルM2Kから一歩引いた形で活動した。
2006年12月31日に開催された「インディー・サミット」に参戦。みちのくプロレスのフジタ"Jr"ハヤトとバトラーツルールで対戦し勝利。2007年4月13日IJタッグ(王者邪道・外道組)に神田裕之と組み挑戦、4月17日ODG王者獣神サンダー・ライガーに挑戦するが共に敗北。2007年8月2日、ZERO1-MAXに初参戦し、「天下一Jr.」への参戦を表明。また、因縁深い元悪冠一色の菅原拓也とタッグながら2年振りに対戦。9月からの「天下一Jr.」では決勝で田中将斗に敗北するも、ZERO1Jr.のトップ2である藤田ミノル、日高郁人を連破した。
2008年1月23日、ZERO1-MAX後楽園大会に参戦。インターナショナルジュニアヘビー級選手権試合で日高を破り、ベルトを奪取した。
大阪タッグフェスティバル(大阪プロレス)でドン・フジイと組み優勝、大阪タッグ王座を奪取した。
得意技 [編集]

蹴り技など空手技を中心に試合を組み立てる。いくつかの技は尊敬する高田延彦に由来する。
三角蹴り
コーナーを駆け上がり、振り向きざまに体を捻らせながら後ろを向いている相手の延髄を蹴る技。この技がフィニッシュになったこともあるが、主にツイスターなどの決め技に繋ぐための技である。正式名称は「三角飛び延髄斬り」らしい。
二角蹴り
セカンドロープに飛び移り、エプロンに立つ相手に向かってロープの反動を利用して蹴る技。シングルで使われることは非常に少なく、タッグ戦などでエプロンにいる相手を蹴散らすときに使われる。
一角蹴り
コーナーのトップロープとセカンドロープの間に横に寝かせた状態で対角のコーナーから突進し、腹に膝蹴りをあびせる。
ツイスター
ブレーンバスターの体勢に抱え上げ、そのまま水平方向に体を一回転させてから垂直落下式に落とす技。フィニッシュ技として長く愛用している。使用にあたりリッキー・フジに電話で使用許可を得たところ、快くOKしてくれたと言う。
ツイスター2
ツイスター同様ブレーンバスターの体勢に抱え上げた後、旋回しつつみちのくドライバーIIの姿勢に持ち変えて落とす技。
最強ハイキック
渾身の力を込めて放つ左ハイキック。
真・最強ハイキック
最強ハイキックで仕留めきれなかった相手に繰り出す必殺の右ハイキック。相手は必ず前のめりに倒れ込む危険な技。
わがままな膝小僧
高田延彦が愛用していた右、左、右のキックコンボ。
最強逆十字
望月の使う腕ひしぎ逆十字。本人の尊敬する高田延彦の逆十字をイメージしているらしい。
ドラゴン・スープレックス・ホールド
とっておきの奥の手。本人は「さりげに必殺技」と言っている。
マサ・スペシャル
イリュージョンからの飛び付き式腕ひしぎ逆十字固め。
スーパーケンカキック
ランニング式ジャンピングケンカキック。その威力に相手が一回転してしまうこともある。
イリュージョン
最強ハイキックが避けられた時、その勢いのまま繰り出す頭部への右後ろ回し蹴り。これが命中すると真・最強ハイキックが待っている。
武輝固め
相手がうつ伏せ状態で片腕をハンマーロックに固め、足を固定し、さらにもう片方の腕をステップオーバー・アームブリーカーの形で極める技。同じく武輝道場出身の川畑憲昭も使用していた。
復帰クラッチ
外道クラッチと全く同じ技。右肩負傷からの復帰戦で使用したことから、この名称になった。
サッカーボールキック
尻餅をついている相手の背中にサッカーボールを蹴るように思い切り蹴りつける技。空手出身のため、音が強烈で痛みが伝わりやすい。バリエーションとして相手にエプロンにリングに背を向けて座らせ、勢いをつけたところで蹴るサッカーボール・キックも披露している。
トペ・マサアキ
大一番で使用する技。トップロープに触れることなく飛び越え、場外の相手にプランチャをしかける。
タイトル歴 [編集]

DRAGON GATE
オープン・ザ・ドリームゲート王座…第2代王者(防衛4回)
オープン・ザ・トライアングル・ゲート王座(パートナーはドン・フジイ・K-ness.)
オープン・ザ・お笑いゲート王座
IJタッグ王座(パートナーはドン・フジイ)
IJ王座…第12代王者(2006年11月23日、タイトル獲得後に封印したが、2010年4月19日に開催された『天龍プロジェクト』にて王座が復活される事になり、3WAY王座決定戦を制し、再び王座に就いている)
KING OF GATE 2006優勝
インターナショナルジュニアヘビー級王座
WAR
IJ王座…第10代王者(防衛5回)
IJタッグ王座…第5代王者(パートナーは超電戦士バトレンジャー)
闘龍門JAPAN
英連邦ジュニアヘビー級王座
EL NUMERO UNO 2001 優勝
EL NUMERO UNO 2002 準優勝
ZERO1-MAX
インターナショナルジュニアヘビー級王座
大阪プロレス
大阪プロレスタッグ王座(第25代 パートナーはドン・フジイ)
入場曲 [編集]

傷だらけの栄光/望月成晃(アニメ「あしたのジョー2」主題歌)
当初はおぼたけしのオリジナルバージョンを使用していたが、DRAGON GATE発足以降は自身がボーカルを務めたバージョンを使用している。
G.W.D / thee michelle gun elephant(M2K時)
FINAL STAGE
エピソード [編集]

人を驚かせることが好きらしく、なにかとサプライズ予告をする。その例としては「完全決着推進」のスローガンや悪冠一色入り等、度々ファンや関係者の度肝を抜くようなことをやる。また、ブログなどで他の選手の正体に関することを暴露することもある。
プロレスリング・ノアの橋誠と顔が似ていることを以前から意識していたが、一切接点が無かった。2005年、天龍源一郎のセコンドとしてノア大会に初めて出向き、対面。望月自身も「やっぱり似てる」と感激していた。橋のパートナーである秋山準は、『こんな奴と顔が似てるなんて申し訳ない』と橋を無理矢理望月に向って土下座をさせた。2010年に望月が「生き別れの弟を連れてくる」と宣言し、ノアを退団した橋のDRAGON GATE参戦を発表、2月7日後楽園ホール大会で初めてタッグを組んだ、3月3日にはシングルマッチで対戦その後から橋に「兄貴」と呼ばれるようになった。
ファイト・スタイルは荒々しい蹴り技を繰り出すが、解説や試合後のマイクは比較的に冷静。現在は無所属という立場のためDRAGON GATE全体を客観的に静観し、その動向を窺いつつバランスを保っている。
美食家であり、料理の腕前もかなりある。特にチャーハン、ペペロンチーノ、ロールキャベツはプロ級らしい。しかしなぜか、ファーストフードが大好きである。
年々、コスチュームが短くなっていく(道着→ロングパンツ→ショートタイツ)  


Posted by tokyokarasu2010 at 18:10Comments(0)

2010年12月29日

堀口元気

堀口 元気(ほりぐち げんき、1978年9月15日 - )は、日本のプロレスラー。DRAGON GATE所属。本名:堀口 博正(ほりぐち ひろまさ)。熊本県熊本市出身。熊本市立必由館高等学校卒業。ギミック上の弟はプロレスラーの堀口ひろみ(闘龍門所属)。実家は熊本で有名な居酒屋「○一」(まるいち)。
目次 [非表示]
1 経歴
2 名乗ったことのあるリングネーム
3 得意技
4 タイトル歴
5 決め台詞
6 入場曲
7 エピソード
8 関連項目
9 外部リンク
経歴 [編集]

闘龍門第2期生としてメキシコに渡った。デビュー戦は1998年10月17日、メキシコ・ナウカリでの対パラメディコス1号、2号、3号戦である(デビュー戦のタッグパートナーはSAITO、アルコン2000)。
日本逆上陸当初は未来忍者の衣装で登場。入場曲もリングネームの元ネタである「がんばれ元気」の主題歌だった。その後、サーファーキャラ路線を進み、入場時にサーフボードを持ってくるなどのパフォーマンスを見せる。しかしサーフボード窃盗未遂事件後、斎藤了との確執(後に斎藤のヒール転向時に育毛剤を贈られ和解)が生まれ、ヒールユニットM2K加入。そして悪役キャラに変更。
M2KからDo FIXERへとユニットが変わってからは、マグナムと共にベビーターン。髪の毛が薄いため、「HAGE(エイチ・エー・ジー・イー)コール」を背に受け日々、ファイトに励んでいる。髪の毛を賭けた試合に負け、坊主になる。その後は「BOZU」として活動するも、髪が伸びてきたら再び「HAGE」に戻る。試合中に技をかけられても仲間は助けに行かず、それぞれ楽器を持って観客と一緒に応援し、自力で脱出する。その後は「HAGE」コールと共に、斎藤了との「マラハ!」「イサッパ!」という掛け声を流行らせる。この頃はコミカルな側面が目立つことが多かったが、吉野正人やドラゴン・キッドにも退けを取らないスピードファイトを得意とし、また特にタッグ戦での動きから「名参謀」と呼ばれるなど試合巧者ぶりにも定評がある。天龍源一郎が闘龍門に初参戦した際に対戦相手に抜擢されるなど清々しいまでの受けの評価は極めて高い。ロープワークの走り方に特徴があり、手を必要以上に振り上げてダッシュする。
2006年末に斎藤了との確執が発生。一度は和解の様相を見せながらも、2007年2月にリング上で斎藤了を裏切りマッスル・アウトローズに加入。再びヒールに転向した。青く長い付け毛をまとい、カラーコンタクトをはめ、不気味な様相を醸し出している。斎藤了、さらにはかつての盟友ドラゴン・キッドとも抗争し、3月25日にはマット・サイダルからオープン・ザ・ブレイブゲート王座を奪取する。そのまま永久王者になろうと画策するも、7月1日に行われた神田裕之との対戦に破れ王座陥落。ここ最近は戸澤塾の象徴であるボンタンや、アンソニー・W・森のコスチューム等を盗んでいる。オープン・ザ・ガンマゲートの実行委員長も務めた。
2008年5月14日、マッスル・アウトローズがNEW HAZARDと合体し、REAL HAZARDになったのに伴い、REAL HAZARD所属になる。
7月27日の神戸大会で1年半ぶりにオープン・ザ・ブレイブゲートを奪取した。
2009年12月、REAL HAZARDに加入した横須賀享、K-ness.に同調し、ファイトスタイルがベビーフェイス色が強くなる。しかし、REAL HAZARDの他のメンバーと衝突する。
2010年2月7日、REAL HAZARDを離脱、その後同じく離脱した横須賀享、K-ness.らと共闘するものかと思われたが、2月27日京都KBSホール大会にてWARRIORS-5入り。CIMAとは闘龍門・DRAGONGATEを通じて初の同じユニットのメンバーになる。
3月3日、後楽園ホールにてMC中に菅原拓也が乱入。そのまま試合となり敗れた上に、Kzyが何の躊躇もなく大事なエクステを切ってしまう。
名乗ったことのあるリングネーム [編集]

堀口元気(現在も使用中)
HAGE - アメリカで開催されたPWGトーナメント限定
得意技 [編集]

正統派のルチャ・ドールを扱うものの、堀口独特のフォームや技の形があるためどちらかといえば変則型である。
ビーチブレイク
ブル中野のブルズポセイドンやディック東郷のクーロンズゲートとほぼ同型の技。自らの頭を相手の股ぐらに入れ、そのまま相手を担ぎ上げ、尻餅をつくようにして背面越しに落とす。前述の2人との相違点は相手の足を交差させてロックする点である。技の形からして首付近を固定せずに落下させるため、相手が受身を取り損なうと頸椎損傷など首に甚大なダメージを与えてしまう。実際神田裕之を一度は引退に追い込んだ程危険であるため、一時は使用禁止にしようという動きもあった。
バックスライド・フロム・ヘヴン(元・神が宿る逆さ押さえ込み)
単なる逆さ押さえ込みではあるが、周囲の予想を裏切りこの技でマグナムTOKYO、望月成晃を破り、EL NUMERO UNO 2003準優勝に輝いたことから堀口の代名詞的な技となる。本人曰く、自身の意志と関係ない時に発生すると100パーセント決まるが、出そうと思って出すと決まらないらしい。その時は普通の逆さ押さえ込みになるらしい。理由は髪(神)が宿らないからとされている。
PWGトーナメント参加時から技名が「バックスライド・フロム・ヘブン」へ変更された。神が宿る逆さ押さえ込みとバックスライド・フロム・ヘヴンは別の技であると堀口本人はテレビで語っているが、実際はテレビ用のネタである可能性が高い(曰く「バックスライド・フロム・ヘヴンは押さえ込む時に小指が立っている」。冬木弘道がかつてのタッグパートナー川田利明のオリジナル技「ストレッチプラム」を使った際に放った言葉が元ネタのパロディ)。
ヒールターンに伴いバックスライド・フロム・ヘルに名称が変更された。相手と背中合わせになったところで後ろ蹴りにより金的攻撃をし、そのまま押さえ込むパターンが多い。
GHロック
初期の堀口の代表的なストレッチ技。相手の左足と首を極める。佐々木健介の得意技ストラングルホールドγに足のロックを加えた形。GHとは、ゲンキ・ホリグチの頭文字であり、断じてゲーハーの略ではない。
GHロック・海(かい)
GHロックに右足のロックも追加した技。
トペ・トビウオ
俗に言うトペ・コンヒーロ。ただ堀口のそれはフォームの美しさから定評がある。危険技のはずだが、堀口が使うと着地もしっかりと決まり、危なさを感じさせない。
トペ・モリモト
リング内で行うトペ。相手の名前を叫びながら放つため、成功率は低い。モリモトは森本レオの名前から拝借。森本レオがゲストコメンテーターで来たときに、「この無意味ヘッドバットが好きです」と発言したから。
ホットスパイスィー
堀口がKING OF GATEに備えて開発した技。変形コブラクラッチスープレックス。
波乗り
サーファーキャラ時代に使っていた技。リバース・インディアン・デスロックをかけた後、後ろに倒れ込まずに相手の背中に足を乗せ、サーフィンをしているようなポーズをする。ダメージを与えるのではなく、相手の精神を逆撫でする技。
ブルーミスト
いわゆる毒霧。マッスル・アウトローズのイメージカラーである青色を多用する。2007年3月25日の津大会で行われたマット・サイダルとのオープン・ザ・ブレイブゲート戦で初使用(この時はブルーではなく、レッドミストを使用した)。
リバースハーフネルソン式タイガードライバー
パワーボムをしかける体勢から、片腕をチキンウィングに固め、空いてる腕で相手の胴を抱えてしかけるタイガードライバー。ビッグマッチでは、持ち上げてからパイルドライバー気味に落とす。
ムーンサルトプレス
スイングDDT
タイトル歴 [編集]

闘龍門
第2回ヤングドラゴン杯優勝(1998年12月12日獲得)
EL NUMERO UNO 2003準優勝
DRAGON GATE
オープン・ザ・トライアングルゲート王者(パートナーは斎藤了、ドラゴン・キッド)(第2代王者、2005年獲得)
オープン・ザ・ブレイブゲート王者(第5代王者、2007年獲得)
オープン・ザ・ツインゲート統一タッグ王座(第7代王者、パートナーは斎藤了)
NWA
NWA世界ウェルター級王者(2002年獲得)
決め台詞 [編集]

Do FIXER時代に使用。
「神の宿る逆さ押さえ込みで1!2!3!……皆殺しだ」
「H!・A!・G!・E!」
試合開始直後に自ら観客を煽るときに使用する場合と、堀口が捕まっているときにパートナーがエールを送る場合と2パターンある。ROH遠征時には現地のファンがアメリカ式のイントネーション(「Let's go ○○」と同じ)で応援していた。
「マラハー!」
斎藤了との連携が決まった時に叫ぶ。この後斎藤了がファンと一緒に「イサッパー!」と合唱するのがお約束。
入場曲 [編集]

Surfin USA / Beach Boys
マラハ〜SAMURAI〜
GO TO HELL / ATLANTIS(現在使用)
エピソード [編集]

髪の毛が薄くなったのは、サーファーキャラ時代にパーマをかけたりブリーチをしたりといじりすぎたかららしい。
髪の毛を「命の次に大事」と言っており、試合中に髪の毛を掴まれると、とたんに元気がなくなる。またそれをきっかけに相手が髪の毛を集中攻撃にかかるため、生え際は後退を続けている。これにより堀口専用の技がかなり開発され、「ズル剥け式」と冠される。例として、ズル剥け式キャメルクラッチ(生え際をクラッチしてのキャメルクラッチ)、ズル剥け式フライング・メイヤー(首ではなく髪を掴む)などがある。スペル・シーサーが被っているマスクの毛をむしって、自分の頭に移植しようとしたほど髪のことになると敏感に反応する。
八木隆行に対してハゲと罵倒することがある。
「顔でプロレスをする男」と評されるほど、試合中は表情豊か。
嫌いな攻撃に「CRAZY-MAXのスプレー攻撃(生え際にコールドスプレーを噴射される)」と、プロレス技でないものをあげたことがある。
斎藤了とドン・フジイとの自転車窃盗事件が終了した後、今度は堀口のサーフボードが盗まれるという事件が発生した。堀口はすぐにリング上で「俺のサーフボード返せよ!」とマイクアピール。これから堀口とフジイの抗争が始まると思いきや、フジイは「じゃあ返すよ」とあっさり返却。窃盗事件は未遂に終わった。これを見ていた斎藤了が「フジイさん。堀口さんとも抗争してあげてくださいよ」と発言。これに堀口が「後輩のくせになんでお前なんかに…」と反発し、堀口と斎藤了の抗争に発展した。後に斎藤了はDo FIXER加入時に「これは日本ではなかなか手に入らないものです」と堀口に育毛剤を貢ぎ、和解している。
マッスル・アウトローズ加入の原因も斎藤了との仲違いだったのだが、後にその斎藤了がREAL HAZARDに加入して再び同僚になると、一緒にツインゲートへの挑戦をぶちあげたり、掲示板で「相棒が戻ってきたぜ」と書くなど、堀口本人がヒールターンした理由を忘れてしまったかのような言動が目立った(前回の「育毛剤プレゼント」のような和解のアクションは全くない)。さらに、自身がWARRIORSに加入する際に、条件として欠場中の斎藤了を迎え入れるよう要求するなど、堀口の「相棒」に対する思いはより強固になっている。
EL NUMERO UNO 2003で準優勝したことから、なにかとその実績を持ち出してはタイトルに絡もうとする。特にトーナメント戦には強いというアピールをしているが、EL NUMERO UNO以降、トーナメントでは目立った活躍はない。
「バイオテック」のCMキャラクターとして出演していた。育毛剤として「ガンマ剤」という名称の薬品を使用されていたが、偶然にもその後Gammaの所属するマッスル・アウトローズへ加入する。マッスル加入後もこのCMは放映されていたが、しばらくして放送されなくなった。
DRAGON GATEでも活躍した佐々木健介を呼び寄せたのは、ほかならぬ堀口元気であり、その交渉は直接健介の妻、北斗晶に電話をかけて行った。
勝っても負けても現在のランクや人気が落ちない選手。弱くもなければ特別強いという訳でもない不思議なレスラーである。
CIMA(2001年11月)、マグナムTOKYO(2003年4月)と両者にシングルでフォール勝ちしたことのある数少ない人物。また、望月成晃にも数回シングル戦で勝利したこともある。コミカルなキャラクターやジョバー(負け役)などが多かったが、事実上は上の世代を食っていける実力を持っている。  


Posted by tokyokarasu2010 at 18:09Comments(0)